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仙台高等裁判所 昭和39年(ラ)45号 決定

抗告人 及川泰

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

抗告理由(一)について

代理権があることは訴訟の有効要件であるから、代理権限のない訴訟代理人の訴訟行為は、当事者たる本人が追認しない限り効力を生じないことは所論のとおりである。しかし、訴訟代理人に代理権の欠缺があることを看過して本案の判決をなした場合、その、判決は当然に無効ではなく、ただ瑕疵ある判決として、上訴期間内であれば上訴により、確定後は再審の訴により、該判決の取消を求めることができるにすぎない。

したがつて、抗告人が主張するように、抗告人と株式会社岩手銀行間の盛岡地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号譲受金請求事件において、抗告人の訴訟代理人弁護士菅原勇に代理権欠缺の瑕疵があつたとしても、同裁判所が右事件につき言渡した判決は当然に無効なものということはできない。

抗告人は、民事訴訟法が再審事由として代理権の欠缺を掲げているのは、外観的に執行力があるかのごとき状態を消滅させるために規定したものである旨主張するが、その誤りであることは、同法第五〇〇条をもつて、再審申立があつた場合、事情により強制執行を停止し、またはすでにした強制処分を取消すべきことを命ずることができる旨を規定している点からみるも明らかというべきである。

抗告理由(二)について

一般に受送達者を誤つた送達は無効と解すべきであるが、訴訟代理人に代理権の欠缺があることを看過して、訴訟手続上正当な代理人として取扱われ、判決が送達された場合には、その送達によつて上訴期間が進行するものと解すべく、かかる場合判決の送達のみをとらえて無効ということはできない。けだし、民事訴訟法が第四二〇条第一項第三号をもつて、訴訟代理権の欠缺を再審事由と規定したのは、代理権欠缺の訴訟代理人に対する判決の送達により上訴期間が進行し、確定することを予定したものというべきであるからである。

したがつて、抗告人主張のごとく、判決正本が送達された訴訟代理人弁護士菅原勇に代理権欠缺の瑕疵があつたとしても、その送達により上訴期間は進行するものというべく、前記判決が未確定のものであるとの主張は理由がない。

(三) 抗告人の本件異議の事由として主張するところは要するに本件債務名義の効力を論難するものであつて、執行機関が手続上の規定に違反して強制執行をなしたことを理由とするものではないから、執行の方法に関する異議により主張することはできないものというべく、いずれにするも本件申立は却下を免れないところであり、同旨の原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、民事訴訟法第四一四条・第三八四条・第九五条・第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松村美佐男 羽染徳次 野村喜芳)

別紙

抗告の趣旨

「原決定を取消す。盛岡地方裁判所一関支部昭和三九年(ヌ)第七号不動産強制競売事件について、同裁判所が同年五月二七日にした不動産強制競売開始決定を取消す。」旨の裁判を求める。

抗告の理由

(一) 原決定は、株式会社岩手銀行と抗告人間の盛岡地方裁判所昭和三八年(ワ)第一〇一号譲受金請求事件の判決は、抗告人の委任しない訴訟代理人の訴訟行為にもとづきなされたものであるから無効である旨の主張に対し、「判決の基礎となつた当事者の訴訟行為に瑕疵ある場合であつても、その判決が法律上の效力(既判力・執行力・形成力等)を生じないという意味で無效となることはない。ただ当事者はその瑕疵を理由として上訴または再審をもつて、その瑕疵ある裁判を取消得るに止まるのである。」と判断して、右判決にもとづく強制執行は取消さるべきであるとの抗告人の申立を却けた。

しかし、代理人がなした訴訟行為は、代理権に欠缺ある場合、本人の追認がない限り(本件において追認された事実はない。)無効でありかかる無効な訴訟行為を前提とした判決は、それ自体も効力を有する余地なく、従つて執行力も生じない。

民事訴訟法が再審事由として代理権の欠缺を掲げているのは、外観的に執行力があるかのごとき状態を消滅させるために規定したものであつて、再審事由である一事をもつて、無効な訴訟行為を基礎とする判決を有効と解し、執行力を認めるのは違法であり、原決定は破棄を免れない。

(二) 原決定はまた、前記判決は抗告人の委任しない無権限の訴訟代理人に送達されたのみで、被告である抗告人に送達されていないから、執行文が付与されていても未確定のものであり執行力を有しないとの抗告人の主張に対し、「かかる場合であつても、上訴期間の起算点である送達は、事実上の訴訟追行者たる無権代理人に対しなされれば足りるものと解すべきである。」と判断して、前記判決にもとづく強制執行は取消さるべきであるとの抗告人の申立を却けた。

しかし、仮に無効な訴訟行為を基礎とする判決がそれ自体有効であるとするも、そのことが訴訟行為の無効や代理権の欠缺そのものを治癒することにはならず、代理権の欠缺の瑕疵は依然として存続する。そうすると、無権代理人が判決の送達を受けたとしても、適法な送達があつたものということはできない。(大正一一年五月二三日東京地方裁判所判決、法律学説判例評論全集一一巻民訴二三三頁、昭和三〇年一一月二四日大阪地方裁判所判決、下級裁判所民事裁判例集六巻一一号二、四一九頁参照、判決等債務名義未送達の際の強制執行に対する不服申立の方法については、大審院大正二年九月二七日決定、判決録一九輯七二九頁、大審院昭和一〇年四月二三日決定、判決集一四巻四六一頁参照)

したがつて、前記判決は未確定のもので執行力を有しないものであり、原決定は取消を免れない。

よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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